小学校STEAM教育におけるデザイン思考の導入:創造的な問題解決を育む授業アプローチ
STEAM教育において、単に知識や技術を学ぶだけでなく、それらを活用して現実世界の問題を解決する力、未知の課題に立ち向かう創造性を育むことは非常に重要です。こうした力を育成するための有効なアプローチの一つに、「デザイン思考」があります。
デザイン思考とは何か?
デザイン思考は、デザイナーがものづくりや課題解決を行う際に用いる思考プロセスやアプローチを体系化したものです。人間(ユーザー)を中心に据え、そのニーズを深く理解することから始め、試行錯誤を繰り返しながら創造的な解決策を見出していくプロセスをたどります。主に以下の5つのステップを経て進行することが多いとされています。
- 共感(Empathize): ユーザー(対象者)の立場になり、その人の気持ちやニーズ、課題を深く理解します。
- 定義(Define): 共感のステップで得られた情報をもとに、解決すべき本当の問題は何なのかを明確に定義します。
- 創造(Ideate): 定義された問題に対し、既成概念にとらわれず、自由な発想で可能な限りのアイデアをたくさん生み出します。
- プロトタイプ(Prototype): 生み出したアイデアの中から有望なものを形にしてみます。必ずしも完成品である必要はなく、模型や簡単な図、寸劇など、アイデアを具体的に表現できるものであれば何でも構いません。
- テスト(Test): 作成したプロトタイプをユーザーに使ってもらい、フィードバックを得ます。うまくいかなかった点や改善点を見つけ、再び共感のステップに戻るなど、プロセスを繰り返しながら解決策を洗練させていきます。
小学校教育におけるデザイン思考の可能性
デザイン思考は、特別な技術や知識がなくても実践できる思考法であり、子どもたちが生まれ持っている探究心や創造性を引き出す力があります。小学校の教育活動に取り入れることで、以下のような効果が期待できます。
- 問題発見・解決能力の育成: 目の前の事象を鵜呑みにせず、「なぜ?」と問いを立て、他者の視点を踏まえて課題を定義し、解決策を模索する一連のプロセスを体験できます。
- 共感性・コミュニケーション能力の向上: 他者の気持ちや状況を理解しようと努め、アイデアを他者に分かりやすく伝え、フィードバックを受け入れる過程で、共感性やコミュニケーション能力が養われます。
- 創造性・発想力の刺激: 多様なアイデアを自由に出し合うこと、失敗を恐れずに試すことの重要性を学び、創造的な発想力を伸ばします。
- 試行錯誤することの価値理解: 一度で完璧な解決策が見つからなくても、改善を重ねることでより良いものになるという経験を通じて、粘り強く取り組む姿勢が育まれます。
STEAM教育の文脈では、科学的な探究や技術的な実現可能性、工学的な設計、数学的な分析に加え、デザイン思考による「ユーザー視点からの課題設定」や「創造的なアイデア発想」、そして「具体的なものづくり(プロトタイプ)」と「評価・改善(テスト)」のプロセスが、各分野の知識やスキルを有機的に結びつけ、より実践的で意味のある学びを創出します。
小学校での実践ステップと授業例
小学校でデザイン思考を取り入れたSTEAM教育を行う際の基本的なステップと、簡単な授業例をご紹介します。総合的な学習の時間や図工、理科、社会など、様々な教科や領域と連携して実施できます。
実践ステップの例:
- テーマ設定: 子どもたちの身近にある、具体的な「困りごと」や「もっとこうなったらいいな」という願いをテーマに設定します。例:「学校の休み時間をもっと楽しくするには?」「通学路にある危険な場所を安全にするには?」「地域のお年寄りが暮らしやすくなるには?」
- 共感(インタビュー・観察): テーマに関係する人(ユーザー)にインタビューしたり、様子を観察したりして、現状や困っていること、求めていることを丁寧に聞き取ります。高学年であれば、簡単なアンケートも有効です。
- 定義(課題の明確化): 集めた情報をもとに、「〇〇さんは△△なことで困っている。だから、□□できたら嬉しいはずだ。」のように、ユーザーの視点に立って解決すべき課題を具体的に定義します。
- 創造(アイデア出し): 定義した課題に対し、「こんな方法があるんじゃないか?」「こんなものを作ってみよう!」と、一人で、あるいはグループで自由にアイデアを出し合います。付箋に書き出すブレインストーミングなどが有効です。突拍子もないアイデアも否定せず受け入れる雰囲気が大切です。
- プロトタイプ(形にする): 出たアイデアの中からいくつかを選び、実現可能な範囲で形にしてみます。図工の材料、ブロック、段ボール、Scratchやmicro:bitを使った簡単な装置など、様々な素材やツールが活用できます。
- テスト(使ってもらう・発表): 作ったプロトタイプを、当初のユーザーや他の友達に見てもらい、使ってもらい、感想やアドバイスをもらいます。「ここが分かりにくい」「もっとこうだったらいいな」といったフィードバックは、次の改善のヒントになります。
- 改善と繰り返し: 得られたフィードバックをもとに、アイデアやプロトタイプを改善します。必要であれば、再び共感や定義のステップに戻り、より良い解決策を目指してプロセスを繰り返します。
授業例:「みんなが笑顔になる学校の遊び場をデザインしよう」
- テーマ: 学校の遊び場を、全ての子どもが楽しめるように改善する。
- 共感: 休み時間中に子どもたちがどのように過ごしているか観察したり、どんな遊びが好きか、どんな場所で遊びたいかなどを友達同士でインタビューし合ったりします。特別支援学級の子どもたちの視点も考慮に入れるよう促します。
- 定義: インタビューや観察から見えてきた課題(例:「ドッジボールをする場所がない」「一人で静かに過ごせる場所がない」「低学年には危ない遊具がある」)をグループごとにまとめ、解決したい課題を一つ選び定義します。
- 創造: 定義した課題を解決するためのアイデアを出し合います。例えば、「ドッジボールエリアと休憩エリアを分ける」「小さな森のような隠れ家を作る」「安全な素材でできた新しい遊具を考える」など。
- プロトタイプ: アイデアを図や模型(段ボール、粘土、ブロックなど)で表現したり、休み時間の過ごし方を劇で表現したりします。簡単な遊び場の見取り図を作成するのも良いでしょう。
- テスト: 作成した模型や見取り図を他のグループや先生に見てもらい、「ここはどういう場所?」「この遊具は安全かな?」といった質問に答えたり、感想を聞いたりします。
- 改善: 得られたフィードバックをもとに、遊び場のデザインを修正・改善します。
このプロセスを通じて、子どもたちは自分たちのアイデアがどのように他者の役に立つかを学び、現実的な制約の中で創造性を発揮する方法を体験できます。
実践にあたってのヒント
- 評価: プロセスを重視した評価が適しています。最終的な成果物だけでなく、共感の深さ、アイデアの発想力、チームでの協力、フィードバックからの学びなどを観察し、記録することが有効です。活動中の写真や子どもたちの振り返りシートなども評価の材料になります。
- 時間の確保: 短時間で全てのステップを完結させるのは難しい場合があります。いくつかのステップに分けて複数時間の授業で実施したり、総合的な学習の時間と連携させたりするなど、弾力的な時間設定を検討します。
- ツール・教材: 特別な教材は必須ではありません。身近にあるもの(紙、ペン、段ボールなど)や、学校にあるもの(ブロック、粘土、プログラミングツールなど)を工夫して活用できます。
- 先生の役割: 先生は、子どもたちの活動を一方的に指導するのではなく、問いかけをしたり、困っている子どもにヒントを与えたりしながら、子どもたちの主体的な探究をサポートするファシリテーターとしての役割が中心となります。
まとめ
デザイン思考を小学校のSTEAM教育に取り入れることは、子どもたちが未来の予測困難な社会を生きていく上で不可欠な、創造的な問題解決能力や他者と協働する力を育むための有効な手段です。身近な課題を起点とし、共感から始まる人間中心のアプローチは、子どもたちの学びをより自分事として捉えさせ、探究心を高めます。全てのステップを完璧に行う必要はありません。まずは一部分からでも、子どもたちと一緒に「考える」「創る」「試す」プロセスを楽しむことから始めてみてはいかがでしょうか。