小学校STEAM教育で育む非認知能力:指導のポイントと授業でのアプローチ
はじめに
近年、教育分野において「非認知能力」の重要性が注目されています。学力テストなどで測られる「認知能力」に対し、非認知能力は目標達成に向けて努力する力、他者と協働する力、感情をコントロールする力など、数値化しにくい内面的な能力を指します。これらの能力は、子どもたちが変化の激しい社会の中でより良く生きていくために不可欠であると考えられています。
STEAM教育は、教科の枠を超えた探究的な学びを通じて、知識や技能の習得だけでなく、創造性、批判的思考力、問題解決能力、協働性といった非認知能力を育む機会を豊富に提供します。小学校におけるSTEAM教育の導入を考える際、これらの非認知能力をどのように意識し、日々の授業でどのようにアプローチすれば良いか悩む先生方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、小学校のSTEAM教育を通じて子どもたちの非認知能力を育むための指導のポイントと、授業での具体的なアプローチについて解説します。
非認知能力とは何か?小学校教育との関連性
非認知能力は多様な要素を含みますが、小学校教育の文脈では以下のような力が特に重要視されます。
- 意欲・主体性: 興味を持ったことに積極的に取り組む力。
- 粘り強さ・忍耐力: 困難にぶつかっても諦めずに試行錯誤を続ける力。
- 協調性・コミュニケーション能力: 他者の意見を尊重し、協力して物事を進める力。
- 自己肯定感・自己調整能力: 自分自身の価値を認め、感情や行動を適切に律する力。
- 創造性・探究心: 新しいアイデアを生み出し、未知の事柄を探求しようとする姿勢。
これらの力は、認知能力の習得を下支えし、子どもたちが学習や人間関係において前向きに取り組み、成長していくための土台となります。
なぜSTEAM教育が非認知能力育成に適しているのか
STEAM教育が非認知能力の育成に適している理由は複数あります。
- 探究的なプロセス: STEAM教育の多くは、答えが決まっていない課題や問いに対する探究から始まります。このプロセスでは、子どもたちは自ら課題を見つけ、解決策を考え、試行錯誤を繰り返す必要があり、意欲、主体性、粘り強さが自然と養われます。
- 教科横断的な学び: 複数の教科領域の知識や技能を組み合わせて活用することで、物事を多角的に捉える力が育まれます。これは創造性や問題解決能力に繋がります。
- 協働作業の機会: 多くのSTEAM活動では、グループでの作業が推奨されます。共通の目標に向かって他者と協力し、意見を交換し、役割分担を行う中で、協調性やコミュニケーション能力が培われます。
- 試行錯誤と失敗からの学び: プログラミングやものづくりなど、STEAM活動では思い通りにいかないことが頻繁に起こります。失敗を経験し、その原因を分析し、改善策を考える過程を通じて、粘り強さや自己調整能力が育まれます。また、失敗を恐れずに挑戦できる環境が自己肯定感を高めます。
小学校のSTEAM授業で非認知能力を意識する指導のポイント
STEAM教育を通じて子どもたちの非認知能力を意図的に育むためには、授業設計と指導の際にいくつかの点を意識することが重要です。
- 結果だけでなくプロセスを承認する: 完成度や成果物だけでなく、子どもたちが課題に取り組む過程(試行錯誤、協力、工夫など)を具体的に認め、言葉で伝えるようにします。「〇〇さんが△△さんに優しく教えてあげていたね。協力する力が素晴らしいです。」「この作品はまだ完成していないけれど、諦めずに何度も線を引いて練習していた粘り強さが先生は嬉しいです。」のように、具体的な行動を褒めることが効果的です。
- 多様な考え方や失敗を歓迎する雰囲気を作る: 「間違っても大丈夫」「色々な考え方があって面白いね」といったメッセージを常に伝え、子どもたちが安心して自分の考えを表現したり、失敗を恐れずに挑戦したりできる環境を作ります。教師自身も「先生もこのやり方でやってみたけど、うまくいかなかったな。どうしたらいいかな?」のように、失敗をオープンに見せることも有効です。
- 子どもたち自身に考えさせる問いかけを多用する: すぐに答えやヒントを与えるのではなく、「なぜそうなるのだろう?」「他にはどんな方法が考えられるかな?」「もっと良くするためにはどうしたらいいかな?」といった問いかけを通じて、子どもたちの思考を深め、主体的な学びを促します。
- 協働を促進する活動設計と声かけ: グループ活動の際には、一人ひとりが役割を持って貢献できるよう活動を設計します。また、「〇〇さんのアイデアと△△さんの工夫を組み合わせたら、もっと面白くなりそうだね!」のように、互いの良さを認め合い、協力することの価値を実感できるような声かけを意識します。
- 自己評価や振り返りの機会を設ける: 活動の終わりに「今日の自分の頑張りは?」「新しく学んだことは?」「次に活かしたいことは?」などを振り返る時間を設けます。これにより、自己肯定感や自己調整能力を高めることに繋がります。
授業での具体的なアプローチ例
非認知能力の育成を意識した小学校STEAM授業の具体的なアプローチをいくつかご紹介します。
例1:身近な素材を使った「動くおもちゃ作り」
- 活動内容: 段ボール、ペットボトル、ゴム、輪ゴムなどの身近な素材を使って、ゴムの力や重力などで動くおもちゃをグループで制作する。
- 育まれる非認知能力: 創造性、粘り強さ、協調性、問題解決能力、意欲。
- 指導のポイント:
- 「どうすればもっと速く動くかな?」「どんな形にしたら面白くなるかな?」など、探究を深める問いかけをする。
- おもちゃがうまく動かなくても、「どうして動かないんだろう?」「どこを改善すれば良くなるかな?」と一緒に考え、失敗を改善の機会とする。
- グループ内でアイデアを出し合い、役割分担をして協力する過程を称賛する。
例2:地域を知る「まち探検マップ作り」
- 活動内容: 学校周辺をグループで探検し、地域の特色や課題を見つけ、それを表現するデジタルまたはアナログの「まち探検マップ」を作成する。ICTツール(例: Scratch, Google Earth, 写真・動画編集アプリなど)を活用することも可能。
- 育まれる非認知能力: 探究心、協調性、コミュニケーション能力、情報活用能力、自己肯定感。
- 指導のポイント:
- 子どもたち自身が「何を調べたいか」「どんなマップにしたいか」を考え、計画を立てる過程を支援する。
- 探検中に地域の人にインタビューするなど、他者との関わりの中でコミュニケーション能力を育む機会を作る。
- グループで話し合い、意見をまとめる過程を重視し、必要に応じて話し合いのファシリテーションを行う。
- 完成したマップを他のグループや地域の人に発表する機会を設け、自己肯定感を高める。
例3:プログラミングで「海の生き物を増やそう」ゲーム作り
- 活動内容: ビジュアルプログラミングツール(例: Scratch)を使って、クリックすると海の生き物が増えたり、動いたりする簡単なゲームやアニメーションを一人またはペアで制作する。
- 育まれる非認知能力: 創造性、粘り強さ、論理的思考力、自己調整能力、達成感。
- 指導のポイント:
- 子どもたちが自分で「どんな動きをさせたいか」「どんなゲームにしたいか」を自由に発想することを促す。
- プログラムが思い通りに動かない場合に、エラーの原因を一緒に考えたり、ヒントを与えたりしながら、粘り強く解決に取り組む姿勢を支援する。
- できたところまででも良いので、小さな成功体験を積み重ねられるようにする。
- 友だち同士で作品を見せ合い、互いのアイデアや工夫の良いところを見つけられるように促す。
非認知能力の「評価」について
非認知能力はテストのように数値で測ることは難しいですが、子どもたちの成長を把握し、指導に活かすことは可能です。以下のような方法が考えられます。
- 行動観察: 授業中の子どもたちの様子(発言、他の子どもとの関わり、課題への取り組み方、困難への向き合い方など)をきめ細かく観察し、記録します。
- ルーブリックの活用: 育成を目指す非認知能力について、具体的な行動レベル(例: 協調性であれば「自分の意見を伝えることができる」「他者の意見を聞くことができる」「グループで話し合って合意形成できる」など)を設定し、段階別に評価規準を定めたルーブリックを作成・活用します。
- ポートフォリオ: 活動の成果物だけでなく、途中のメモやスケッチ、試行錯誤の様子が分かる写真や動画などを記録として残し、子どもたちの学びのプロセスを振り返れるようにします。
- 自己評価・相互評価: 活動後に子どもたち自身や友だち同士で、非認知能力の観点から振り返りや評価を行う機会を設けます。
これらの情報は、日々の指導の改善や、子どもたち一人ひとりへのフィードバックに役立てることができます。
まとめ
小学校のSTEAM教育は、子どもたちがこれからの時代に必要な非認知能力を育むための豊かな可能性を秘めています。単に特定の技術を教えるだけでなく、探究的な活動、協働、試行錯誤のプロセスを重視し、子どもたちの内面的な成長を意識した働きかけを行うことで、意欲的で粘り強く、他者と協力しながら課題に取り組める子どもたちを育てていくことができるでしょう。
非認知能力は目に見えにくいため、指導や評価に難しさを感じることもあるかもしれません。しかし、日々の授業の中で、子どもたちの小さな変化や努力を見逃さずに認め、励ますこと、そして安心して挑戦できる温かい学習環境を作ることが、非認知能力育成への第一歩となります。この記事でご紹介したポイントやアプローチが、皆様のSTEAM教育実践の一助となれば幸いです。