教室や校庭のデータから学ぶSTEAM実践ガイド
はじめに
STEAM教育において、子どもたちが実社会と結びついた課題に取り組むことは重要です。そのためのアプローチの一つとして、身近な環境からデータを収集し、それを活用する探究活動が挙げられます。教室や校庭など、子どもたちにとって最も身近な場所は、多様なデータを収集できる宝庫です。温度、湿度、明るさ、音、さらには植物の成長や人の動きなど、これらのデータは子どもたちの「なぜだろう?」という問いを引き出し、科学的な見方・考え方、データ分析の力、そして課題解決に向けた工学的なアプローチへと繋がります。
本記事では、小学校教諭の皆様が、教室や校庭のデータを使ったSTEAM教育を実践するための具体的なステップやヒントをご紹介します。特別な機器がなくても始められる方法から、簡単なデジタルツールを活用する方法まで、実践的なアプローチを探ります。
1. どのような「身近な環境データ」が考えられるか
教室や校庭には、様々な種類のデータが存在します。子どもたちが興味を持ちやすい、具体的な例をいくつか挙げます。
- 気象関連: 教室内の温度、湿度、明るさ。校庭の温度、湿度、風速、気圧(理科や生活科との連携)
- 音: 教室内の騒音レベル、特定の場所の音の大きさ(生活科、総合的な学習の時間との連携)
- 光: 教室や校庭の特定の場所の明るさの変化(理科、図工との連携)
- 成長: 植物の身長、葉の枚数、実の数。微生物の増殖(理科、生活科との連携)
- 動き: 特定の時間に校庭を通る人の数、休み時間に鬼ごっこをする範囲(算数、体育、総合的な学習の時間との連携)
- 使用状況: 特定の場所の机や椅子の配置、水道の使用時間(総合的な学習の時間、社会科との連携)
これらのデータは、子どもたちの日常的な感覚と結びつきやすく、興味を持ちやすい題材となります。
2. 身近な環境データの収集方法
データの収集は、高価な専門機器を使わなくても十分に行えます。子どもの発達段階や授業の目的に応じて、様々な方法を組み合わせることができます。
2.1. アナログな方法
最も手軽に始められるのが、アナログな方法です。
- 観察と記録: 目視による観察、手書きの記録、写真やスケッチ。例えば、植物の成長を毎日観察し、絵や文章で記録する。
- 簡単な測定: 温度計、定規、ストップウォッチなど、学校にある基本的な測定器具を使用します。例えば、教室の特定の場所の温度を1時間ごとに記録する。
- カウント: 通る人の数、特定の行動を数えるなど。
これらの方法は、データの収集の基本である「正確に記録すること」や「継続して記録すること」の重要性を子どもたちが実感するのに役立ちます。
2.2. デジタルツールを活用する方法
より多様なデータを、より簡単に、より定量的に収集したい場合は、デジタルツールの活用が有効です。
- 簡単なセンサー: micro:bitやGrove Starter Kit for micro:bitなどに含まれる温度、湿度、明るさ、音センサーなどを使用します。これらのセンサーは、簡単なプログラミングで値を読み取り、画面に表示したり、記録したりすることができます。
- 例: micro:bitの明るさセンサーを使って、教室の窓際、中央、廊下側で明るさを測定し、記録するプログラムを作成する。
- スマートフォンのセンサー: スマートフォンやタブレットには、加速度、ジャイロスコープ、マイク、カメラなどの様々なセンサーが内蔵されています。特定のアプリを使用することで、これらのセンサーデータにアクセスし、収集・記録することが可能です。
- データロガー: 一定間隔で自動的にデータを記録する専用の機器です。理科の実験などで使用されることがあります。
デジタルツールの活用は、プログラミングやICT活用のスキルを育むだけでなく、大量のデータを効率的に収集・処理する経験を提供します。
3. 収集したデータの分析と表現
収集したデータは、ただ集めるだけでなく、整理し、分析し、表現することが重要です。これにより、データに隠された意味や傾向を見つけ出すことができます。
3.1. データの整理と記録
- 表形式: 収集したデータを、日付や時間、場所などの項目ごとに整理し、表にまとめます。手書きでも、表計算ソフト(Google スプレッドシート、Microsoft Excelなど)を使っても良いでしょう。
- グラフ化: データの変化や比較を視覚的に捉えるために、グラフを作成します。棒グラフ、折れ線グラフ、円グラフなど、データの種類や目的に応じて適切なグラフを選びます。表計算ソフトを使えば、簡単にグラフを作成できます。
3.2. 簡単な分析
小学校段階では、複雑な統計分析は必要ありません。以下のような簡単な分析から始めます。
- 比較: 異なる場所や時間帯のデータを比較する(例: 朝と昼の明るさの比較、窓際と中央の温度の比較)。
- 変化の追跡: 時間とともにデータがどのように変化するかを追跡する(例: 1日の気温の変化、1週間の植物の成長)。
- 最大値・最小値・平均値: データの中から最も大きい値、小さい値、平均的な値を求める。
3.3. データの表現と発表
分析した結果は、他の人に分かりやすく伝える必要があります。
- グラフや表の提示: 作成したグラフや表を資料として使用します。
- 発表: 自分の言葉で、収集・分析したデータから分かったこと、そこから考えたこと、次の疑問などを発表します。スライドやポスターなど、発表形式も工夫できます。
4. データ活用から探究へ:授業アイデア例
収集・分析したデータを元に、子どもたちの探究活動を深める具体的な授業アイデアをいくつかご紹介します。
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アイデア1: 教室快適化計画
- テーマ: 教室の温度、湿度、明るさ、騒音などのデータを収集・分析し、教室をより快適にする方法を考える。
- 活動:
- 教室内の様々な場所で、異なる時間帯に温度や明るさを測定・記録する。
- 収集したデータをグラフ化し、どこがどのように変化しているか、快適と感じる状態と比べてどうかを分析する。
- 分析結果から、「どうすれば窓際の明るすぎる光を和らげられるか」「どうすれば扇風機を使わなくても涼しくなるか」などの課題を見つける。
- 課題解決のためのアイデアを考え、簡単なもの(カーテン、窓の開け方、物の配置など)であれば実際に試してみる。
- 改善策実施後に再度データを収集し、効果があったか検証する。
- 連携: 理科(温度、光、音)、算数(測定、グラフ)、図工(物の配置、デザイン)、総合的な学習の時間(課題解決、環境)。
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アイデア2: 校庭の生き物調査団
- テーマ: 校庭の特定の場所(日なた、日陰、水辺など)で、気温、湿度、明るさなどの環境データを測定し、そこに生息する生き物(昆虫、植物など)の種類や数を記録する。環境データと生き物の関係を探る。
- 活動:
- チームごとに担当の場所を決め、定期的に環境データを測定・記録する。
- 同じ場所で、見つけた生き物の種類や数を記録する(写真やスケッチも活用)。
- 収集した環境データと生き物のデータを比較し、「この虫は明るい場所が好きみたい」「この植物は湿った場所によく生えている」などの仮説を立てる。
- 図書館やインターネットで調べ学習を行い、仮説を検証したり、さらに疑問を深めたりする。
- 調査結果をまとめて発表する。
- 連携: 理科(生物、環境)、算数(測定、集計、比較)、生活科(観察)、総合的な学習の時間(探究、調べ学習)。
これらのアイデアは一例です。子どもたちの興味や地域の特性に合わせて、様々なテーマが考えられます。
5. 実践上のポイントと評価のヒント
身近なデータ活用STEAMを授業に取り入れる際のポイントや評価について述べます。
5.1. 実践上のポイント
- スモールスタート: 最初から複雑なデータ収集や分析を目指す必要はありません。まずは、温度計で教室の温度を測って記録し、1日の変化をグラフにしてみる、といった簡単な活動から始めることを推奨します。
- 子どもたちの興味を起点に: どのようなデータを集めたいか、集めたデータから何を知りたいかを、子どもたち自身に考えさせることが重要です。「この場所、いつも暗いね」「朝と帰る時で教室の空気、違う気がする」など、子どもたちの日常的な気づきを問いに繋げます。
- データの正確性への意識: データ収集の際には、測定の仕方や記録の方法を丁寧に指導し、正確なデータを集めることの重要性を伝えます。多少の誤差は自然なことですが、意図的な改ざんなどはしないよう、データ倫理の初歩にも触れることができます。
- ツール活用のハードルを下げる: デジタルツールを使用する場合、操作方法に時間をかけすぎず、子どもたちがデータ収集や分析自体に集中できるよう、事前の準備や簡単なマニュアルを用意するなどの工夫が必要です。
5.2. 評価のヒント
データ活用STEAMにおける評価は、最終的な「答え」が正しいかだけでなく、探究のプロセスを重視することが大切です。
- データの収集・記録の正確さ: きちんと時間を計って測定できたか、誤字脱字なく記録できたかなどを評価します。
- データの整理・分析・表現の適切さ: 収集したデータを分かりやすく表にまとめられたか、目的に合ったグラフを選べたか、グラフから傾向を読み取ろうとしたかなどを評価します。
- 問いや仮説の設定: データを見て、そこからどのような疑問を持ったか、どのような仮説を立てたかなど、思考の深さを評価します。
- 探究のプロセス: 課題解決に向けて、どのように考え、どのような活動を行ったか。試行錯誤の過程や、失敗から学び次に活かそうとする姿勢などを評価します。
- 成果の表現: 収集・分析したデータや探究の過程、そこから分かったことなどを、他の人に分かりやすく伝えようと工夫したか(発表の内容、資料の作成など)を評価します。
これらの評価の視点は、ルーブリックを作成するなどして、子どもたちにも共有しておくと、学びの見通しを持つことにも繋がります。
まとめ
教室や校庭といった身近な環境からデータを収集し、活用するSTEAM教育は、子どもたちが日常の中に潜む様々な現象に気づき、探究の楽しさを知る絶好の機会を提供します。特別な機器がなくても、アナログな方法からデジタルツールまで、子どもの実態や学校の環境に合わせて多様なアプローチが可能です。
データは、単なる数字の羅列ではなく、世界を理解し、課題を解決するための強力なツールとなり得ます。身近なデータ活用を通して、子どもたちが主体的に学びを進め、未来を生き抜くために必要な資質・能力を育んでいくことを願っています。この記事が、皆様のSTEAM教育実践の一助となれば幸いです。