小学校教諭のための micro:bit STEAM授業導入ガイド:準備から実践まで
小学校でのSTEAM教育にmicro:bitを活用する
小学校でSTEAM教育を導入する際、具体的な教材選定や授業デザインに悩む先生方もいらっしゃるかと思います。特に、多様な要素を横断的に扱うSTEAM教育において、どのように技術的な要素を取り入れ、子どもたちの探究心や創造性を引き出すかは重要な課題です。
この記事では、比較的安価で扱いやすく、プログラミング教育のツールとしても知られるmicro:bitに注目し、これを小学校でのSTEAM教育に活用するための具体的な導入方法や授業実践例をご紹介します。micro:bitの特性を理解し、教科横断的な視点を取り入れることで、子どもたちが楽しみながら学びを深めるSTEAM授業を展開することが可能になります。
micro:bitとは何か、なぜSTEAM教育に適しているのか
micro:bit(マイクロビット)は、英国BBCが中心となって開発した教育用マイコンボードです。名刺サイズの小さな基板の上に、LEDマトリクス表示器、ボタンスイッチ、加速度センサー、地磁気センサー、光センサー、温度センサー、入出力端子などが搭載されており、様々な機能をプログラムで制御できます。
micro:bitが小学校のSTEAM教育に適している理由は以下の通りです。
- 手軽さと扱いやすさ: パソコンやタブレットとUSBケーブルがあればすぐに始められます。専用の複雑なソフトウェアインストールは不要で、Webブラウザ上でプログラミングが可能です。
- 直感的なプログラミング環境: Microsoft MakeCodeなどのブロックプログラミング環境が用意されており、視覚的に分かりやすく、プログラミング初心者でも取り組みやすい設計です。
- 豊富な入出力機能: センサーで外部の情報を取得したり、LEDやスピーカー(別売)で情報を出力したり、モーターなどを動かしたりと、物理的な世界と連携した様々なプロジェクトを生み出せます。これが、単なる画面上のプログラミングに留まらない、テクノロジーやエンジニアリングの要素に触れることに繋がります。
- 多様な拡張性: 様々なセンサーやモーターなどを接続するための端子が用意されており、発展的な学習やより複雑なプロジェクトにも対応できます。
- 比較的安価: 他のプログラミング教材と比較して導入コストを抑えやすい点も、多くの学校にとって利点となります。
これらの特性から、micro:bitはプログラミングだけでなく、テクノロジー、エンジニアリング、サイエンスといったSTEAMの要素を横断的に体験するための優れたツールと言えます。
小学校でmicro:bitを使ったSTEAM授業を始めるステップ
micro:bitを使ったSTEAM授業を導入するための基本的なステップをご紹介します。
- 準備:
- micro:bit本体とUSBケーブルを用意します。児童数に合わせて必要な台数を検討します。
- プログラミングに使用するパソコンまたはタブレットを用意します。インターネットに接続できる環境が必要です。
- 必要に応じて、電池ボックス、スピーカー、モーター、追加のセンサーなどの拡張パーツや、造形活動に使う材料(段ボール、紙、粘土など)を準備します。
- プログラミング環境の確認:
- WebブラウザでMicrosoft MakeCode for micro:bitのサイト(makecode.microbit.org)にアクセスできることを確認します。インストール不要で、ブラウザ上で動作します。
- 先生向けの事前学習:
- 先生自身がmicro:bitの基本的な使い方やMakeCodeでのプログラミング方法に慣れておくことが重要です。公式サイトや様々な教育機関が提供するチュートリアルを活用できます。
- どのようなSTEAMプロジェクトが可能か、いくつかの作例に触れてみることも参考になります。
- 授業計画:
- 単元全体を通してどのような学びを目指すのか、STEAMの各要素(Science, Technology, Engineering, Art, Mathematics)をどのように関連付けるのかを計画します。
- micro:bitを使った活動を単元のどの部分に位置づけるのか、必要な時間数を検討します。他の教科(理科、算数、図工、総合的な学習の時間など)との連携を意識すると、よりSTEAMらしい学びになります。
- 児童のプログラミング経験に応じて、最初は基本的な入出力(例: ボタンを押したらLEDを光らせる)から始め、徐々にセンサーを使った反応や簡単なものづくりへと発展させていくと良いでしょう。
具体的なSTEAM授業実践例
micro:bitを活用した小学校でのSTEAM授業実践例を2つご紹介します。これらはあくまで一例であり、児童の実態や地域・学校の特色に合わせて自由にアレンジ可能です。
実践例1:音と光でお知らせ!「置き忘れ防止タグ」を作ろう(総合的な学習の時間、図工、理科、技術)
- ねらい: 身の回りの課題(物の置き忘れ)を解決するためのアイデアを出し、センサーとプログラミングを活用して解決策を形にする活動を通して、テクノロジーの活用方法やものづくりのプロセスを学ぶ。光センサー、加速度センサー、音(スピーカー)といった複数の要素を組み合わせる応用力を育む。
- 活動概要:
- 課題発見: 自分の持ち物や教室の中で「うっかり置き忘れて困った経験」などを共有し、置き忘れを防ぐためのアイデアを出し合う。
- 設計: micro:bitを使って置き忘れを防ぐ仕組みを考える。「暗いところに置いたら音が出る」「動かしたら音が出る」など、センサーの特性を活かしたアイデアを具体的に検討する。どのような情報(センサーの値)で「置き忘れそう」と判断するか、設計図やアイデアシートにまとめる。
- プログラミング: MakeCodeを使って、設計した仕組みをプログラムする。
- 光センサーの値を取得し、ある値(しきい値)より暗くなったら特定の動作をする。
- 加速度センサーの値を取得し、一定時間動きがなければ特定の動作をする。
- これらの条件を組み合わせ、スピーカーから音を鳴らしたり、LEDを点滅させたりするプログラムを作成する。
- 製作: 作成したプログラムをmicro:bitに書き込み、実際に動作確認を行う。さらに、micro:bitを「タグ」として使うためのケースや装飾を、図工や総合の時間と連携して作成する(アート、エンジニアリングの要素)。段ボールや紙などでmicro:bitを保護しつつ、機能的なデザインを考える。
- テストと改善: 作成した「置き忘れ防止タグ」を様々な場所に置いてテストし、想定通りに動作するか確認する。しきい値の調整やプログラムの修正、ケースの改良などを行う。
- 発表: 完成した作品と、どのように考えて作ったのか(課題、アイデア、工夫した点、難しかった点)を発表する。
- STEAMの要素:
- Science: 光、動き、音といった物理現象の理解。センサーの仕組み。
- Technology: micro:bitというツール、プログラミング環境、電子部品の活用。
- Engineering: 課題解決のためのシステムの設計、試作、評価、改善のプロセス。
- Art: タグのデザイン、装飾、表現方法。
- Mathematics: センサーの値(数値)の扱いやしきい値の設定。時間の経過。
実践例2:光で知らせる!「栽培植物のお水やりアラート」を作ろう(理科、総合的な学習の時間、技術)
- ねらい: 植物の成長に必要な条件(水分)に関心を持ち、テクノロジーを活用してその状態をモニタリングし、必要な情報を伝える仕組みを作る活動を通して、科学的な探究と技術の応用を学ぶ。
- 活動概要:
- 科学的探究: 植物が健康に育つために必要なものは何かを理科の授業で学習する。特に水分(土の湿り気)に注目し、土の湿り具合によって電気が流れやすい/流れにくいといった性質があることを体験する(導通性)。
- 課題設定: 植物の水やりは忘れがちであるという課題を取り上げる。どのようにすれば、植物が水を必要としていることを知らせられるかを考える。
- 設計: micro:bitの入出力端子(ピン)を利用して土の湿り気を簡易的に測る仕組みを設計する。湿り具合によってピン間の電気抵抗が変わり、micro:bitが読み取る電圧が変わることを利用する。どのような電圧になったら「水が必要」と判断するか決める。水が必要なときにLEDを光らせるなど、通知方法も設計する。
- プログラミング: MakeCodeを使って、ピンから値を読み取り、その値がしきい値より小さくなったらLEDを点灯させるプログラムを作成する。
- アナログピン(例: P0)で土に挿した2本のワニ口クリップ間の電圧を読み取る。
- 読み取った値(0~1023)を土の湿り具合と関連付ける。
- if文を使って、「もし読み取った値が〇〇より小さかったら、LEDマトリクスに💧を表示する」などの条件分岐を作る。
- 製作とテスト: 作成したプログラムをmicro:bitに書き込み、実際に土に挿して動作確認を行う。乾いた土、湿った土で値を比較し、適切なしきい値を設定する。micro:bitが安定して土に挿せるように、簡単な台座などを作成しても良い(エンジニアリングの要素)。
- 観察と記録: 作成したアラートを実際に植物の鉢に設置し、植物の成長と土の湿り具合、アラートの動作を観察し記録する。科学的なデータ収集の視点を取り入れる。
- STEAMの要素:
- Science: 植物の成長条件、土の性質(導通性)、センサーの原理(電圧の変化)。
- Technology: micro:bitというツール、プログラミング、電子回路の基本的な考え方(電圧、抵抗)。
- Engineering: 課題解決のためのシステムの設計、試作、評価、改善。計測方法の工夫。
- Art: アラート表示のデザイン(LED表示など)。
- Mathematics: センサーの値(数値)の扱い、しきい値の設定、測定、データの記録。
授業時間と評価のヒント
micro:bitを使ったSTEAM活動は、単発の授業で完結することも可能ですが、課題発見から設計、製作、評価、改善といった一連のプロセスを重視する場合、複数時間にわたる単元として位置づけることが効果的です。例えば、総合的な学習の時間や、理科・図工・技術などの時間を組み合わせることで、十分な時間を確保しやすくなります。
評価においては、最終的な作品の出来栄えだけでなく、以下のようなプロセスを重視することがSTEAM教育では推奨されます。
- 課題に対する探究の深さ: どのような課題に関心を持ち、どのように理解しようとしたか。
- アイデアの発想と具体性: 課題解決のためにどのようなアイデアを出し、それをどのように具体化しようとしたか。
- プログラミング思考: 問題を分解し、順序立てて考え、コンピュータに意図した処理を実行させるための論理的な思考力。
- 協働的な取り組み: 他の児童と協力し、アイデアを共有し、課題を解決しようとしたか。
- 試行錯誤と改善: 作成したものが意図通りに動かない場合に、原因を分析し、改善しようと粘り強く取り組んだか。
- 表現力: 自分の考えや作品について、根拠を示しながら他者に分かりやすく伝えようとしたか。
これらの観点を、観察、児童の振り返りシート、活動ポートフォリオ、発表会などを通して多角的に評価することが有効です。
まとめ
micro:bitは、小学校におけるSTEAM教育の実践を強力にサポートするツールです。プログラミングだけでなく、多様なセンサーや出力機能を活用することで、科学的な探究、技術の理解、工学的なものづくり、芸術的な表現、そして数学的な思考といったSTEAMの要素を横断的に結びつけた学びを実現できます。
最初から複雑なことに挑戦する必要はありません。まずはmicro:bitの基本的な動きを体験することから始め、子どもたちの興味や関心に合わせて少しずつ活動を発展させていくことをお勧めします。この記事でご紹介した実践例が、先生方が小学校でmicro:bitを活用した魅力的なSTEAM授業をデザインするための一助となれば幸いです。